引っ越したばかりのアパートは、妙に「鏡」が多い部屋だった。玄関、浴室、そして寝室には、なぜかクローゼットの扉全面に、床から天井までの姿見が設置されていた。古い鏡で、表面には薄っすらと曇りや、拭いても取れないシミのようなものが点在していた。
朝、身支度を整えるため、その大きな鏡の前に立った。ふと、鏡の中の自分の「後ろ姿」に違和感を覚えた。いや、正確には、鏡に映る「私」が、一瞬、ほんのわずかに、現実の私と違う動きをしたように見えたのだ。気のせいだ。疲れているのだろう。私は首を振り、部屋を出た。
その夜、悪夢で目が覚めた。金縛りのように体が動かない。暗闇の中、目の前のクローゼットに目をやると、鏡が月の光を鈍く反射していた。そこには、私が立っていた。ベッドで寝ているはずの、私の「後ろ姿」が、鏡の中に立っている。そして、その姿がゆっくりと、ギ、ギ、と軋むような音を立てて、こちらに振り向こうとしていた。
声にならない悲鳴を上げ、必死に目を閉じた。再び目を開けた時、鏡はただ暗闇を映しているだけだった。だが、翌朝、私は絶望的な事実に気づいた。鏡の表面、ちょうど私の背丈ほどの位置に、内側から強く押し付けられたような、無数の生々しい「手形」がびっしりと浮き出ていた。昨夜、あれは、鏡の中から出ようとしていたのだ。

コメント