ゾッとする話:安堵のひとしずく

AI小話

新人介護士として働き始めた施設に、口を一切きかない老婆がいた。家族も見舞いに来ず、いつも窓の外を虚ろに見ている。彼女の部屋は、なぜかいつもジメッとしていて、古い押し入れのようなカビ臭さが漂っていた。

ある夜中の巡回。俺は彼女の部屋の前で足を止めた。いつものカビ臭さじゃない。鼻を突くような腐臭が、ドアの隙間から漏れ出ている。慌ててドアを開けると、部屋の空気は真夏とは思えないほど冷たい。老婆はベッドに座り、暗闇の中、相変わらず窓の外を見ていた。

「おばあちゃん、大丈夫? どこか痛むの?」 俺は彼女の肩に手を置いた。その瞬間、ゾッとした。服の上からでも分かるほど、彼女の体は氷のように冷え切っている。俺が手を離そうとした、その時。老婆の首がギギギ、と錆びた機械のようにこちらを向いた。そして、初めて彼女の声を聞いた。 「…やっと、みつけた」 それは老婆の声ではなかった。低く、しゃがれた男のような、女のような、複数の音が混じった不快な声だった。

俺は恐怖で動けなかった。冷たい手に捕まれたまま、その声を聞いていた。 「これで、かわれる。やっと、いける」 すると、老婆の虚ろだった瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。その涙は、恐怖や悲しみではなく、まるで長年の苦しみから解放された「安堵」の涙のように見えた。 その瞬間、俺は理解した。腐臭は老婆からではなく、俺の背後から漂っていることに。そして、氷のように冷たかった老婆の手に、温もりが戻り始めていることに。…代わりに、俺自身の指先が、急速に冷たくなっていった。

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