私の婚約者だった彼が、あの海で姿を消してから一年。警察は事故だと言ったけれど、私は信じられなかった。そんな私の元に、奇妙な手紙が届いた。差出人は不明。中にはただ一言、『明日の満月の夜、あの岬で待っている』と。それは、彼と私だけが知る、約束の場所だった。
翌晩、私は岬に立っていた。月明かりが照らす海面は不気味なほど静かだ。すると、波打ち際に人影が見えた。まさか。私は崖を駆け下りる。そこに立っていたのは、一年前に失踪したはずの彼だった。彼はびしょ濡れで、焦点の合わない目で私を見ていた。
「…どうして、今までどこにいたの!」 私が駆け寄ると、彼はゆっくりと口を開いた。 「ごめん。僕の記憶は、あの日からずっとこの海に沈んでいて…でも、君が僕を呼んだから」 「私が?」 「うん。僕の手紙、届いたんだね」 背筋が凍った。私が今日ここに来たのは、彼からではなく、差出人不明の手紙を受け取ったからだ。じゃあ、あの手紙は一体誰が?
「さあ、帰ろう。ずっと一緒にいよう」 彼は私に向かって、冷たい手を差し出す。私は恐怖で動けなかった。彼の顔はあの日と変わらないのに、何かが決定的に違っていた。 彼は、ただ、笑っているのだ。口角を不自然に吊り上げ、感情のない目で、ずっと私を見て笑っている。 その笑顔は、彼が失踪する直前、私が「もう疲れたの」と別れを告げたあの日の夜に、彼が浮かべた絶望の笑顔と、全く同じだった。

 
       
       
       
       
  
  
  
  

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