お話
タケシは深夜、郊外の山道を運転していました。周囲は街灯がなく、車のヘッドライト以外は真っ暗です。過去の事故のせいで、彼は運転中、常にサイドミラーで背後を確認する癖がついていました。
坂道を下っている最中、突然、車体の下から「ドン!」という鈍い音が発生しました。タケシは動物でも撥ねたのかと血の気が引きましたが、車体に異常はなく、「気のせいだ」と判断し走り続けます。その直後から、右腕に強い痛みを感じ始めました。事故のショックで肩を痛めたのだろうと考えました。
痛みをこらえ運転を続けますが、右腕の痛みが異常に増していきます。ふと、サイドミラーを見ると、背後が「真っ暗」なはずの車道に、微かに何か「白いもの」が這うように動いているのが見えました。驚いて車を停めると、右腕の袖口から小さな血が滲んでいます。鋭利な刃物で抉られたような傷が走っていました。
タケシは血と痛みで混乱しながらも、ふと、サイドミラーを見ました。ミラーの表面には、小さな「ヒビ」が入っています。そして、彼は決定的な矛盾を思い出したんです。「ドン!」という音がした瞬間、彼は反射的に右腕で顔を庇ったはずですが、その時、右腕には何の「痛み」も感じなかった。右腕の痛みが始まったのは、音が鳴ってから「数秒後」でした。
解説
一見、深夜の運転中に事故を起こした話に見えますが、決定的な違和感は「音と痛みの時間差」と「サイドミラーのヒビ」です。「ドン!」という音は、主人公を狙う追跡者が車体にぶつかった音です。主人公は過去のトラウマから、これを反射的に「事故」と記憶を上書きしました。右腕の傷は、追跡者が車を停めるため、窓の外から主人公の右腕を刃物で傷つけた警告の痕跡です。サイドミラーのヒビは、追跡者が車に張り付くためにミラーを掴もうとして割った物理的な証拠。主人公が最後に気づいたのは、自分が事故を起こしたのではなく、追跡者が今も車の「外側」に張り付いているという、逃げ場のない恐怖でした。


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