意味が分かると怖い話:染みついた香り

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お話

同棲を始めた彼氏のケントは、少し潔癖症だ。几帳面で、特に水回りの清潔さには強いこだわりがある。でも、そのぶん家事も完璧にこなしてくれるし、私にはとても優しい。 「ユミは髪が長いから、排水溝の掃除だけはちゃんとしてね」 それが彼の唯一の口癖だった。

ある夜、私が風呂から上がると、ケントが脱衣所で待っていた。 「あ、ごめん。風呂のふた、半分開けっ放しにしちゃった」 「ううん、大丈夫。でも、湿気がこもるとカビの原因になるから、次から気をつけて」 ケントは優しく笑いながら、きっちりとフタを閉めた。 最近、ケントは新しい入浴剤を大量に買ってきた。ラベンダーの、かなり香りが強いタイプだ。 「これ、すごくいい匂いだから。ユミ、仕事で疲れてるだろ? リラックスできるよ」 その日から、浴室は常にラベンダーの強い香りで満たされるようになった。

数日後の夜。入浴剤を使った私が風呂から上がると、ケントがいつもより真剣な顔で浴室を覗き込んでいた。 「どうしたの?」 「いや…なんというか、匂いが…」 「え? ラベンダーのいい匂いしかしないけど…」 「ううん、違うんだ。その奥の…排水溝からかな。なんか、独特の…鉄っぽいような…」 ケントは神経質そうに鼻をひくつかせ、排水溝のフタを開けて何かを確認している。 「ごめん、何でもない。気のせいだ」 彼はそう言って、浴室のドアをピシャリと閉めた。その日から、彼は私が風呂に入るたび、「今日はあの入浴剤、ちゃんと使ってね」と念を押すようになった。

週末、ケントが先に風呂に入った。私はリビングでテレビを見ていたが、ふと、浴室の方から「ゴシ、ゴシ」と何かを擦る音が微かに聞こえるのに気づいた。 (もう上がったのかな? 掃除してる?) 様子を見に行くと、浴室のドアが少しだけ開いていた。 「ケントー? お湯加減どう…」 言いかけて、私は固まった。 ケントは浴槽に浸かっていなかった。彼はTシャツ姿のまま、風呂のふたを一枚だけ外し、その隙間から何か細長いブラシのようなもので、浴槽の底の排水溝(栓)のあたりを必死に擦っていた。 そして、彼は独り言を呟いていた。

「ダメだ…この匂い…どうしても取れない…なんで…あいつと同じ匂いがするんだ…」

(…あいつ?) (同じ…って、何が?)

その時、ケントが買ってきたあのラベンダーの入浴剤の強烈な香りが、浴室の湿気と共に私の鼻を突いた。

(…まさか) (あの入浴剤って、私がリラックスするためじゃなくて…) (この「匂い」を消すために…?)


解説

ケントの行動は「潔癖症」ではなく、「証拠隠滅」の強迫観念からくるものだった。

彼は過去に「あいつ(=元カノなど)」をこの浴室で殺害し、遺体を処理した。その際、血や体臭が排水溝に染みついた(と彼は思い込んでいる)。 彼が「潔癖症」のように振る舞い、排水溝の掃除に執着していたのは、汚れを落とすためではなく、トラウマとなった「匂い」を消すためである。

主人公が同棲を始め、風呂を使い始めたことで、湿気や体温によって(彼の幻想の中の)「匂い」が蘇ってきたと感じ始めた。 「あいつと同じ匂いがする」というのは、主人公からも「あの時と同じ匂い」がするという、彼の妄想である。

ラベンダーの入浴剤は、リラックス効果のためではなく、その強烈な香りで「匂い」をマスキングするために買ってきたものだった。 「風呂のふた」を閉めることにこだわったのも、カビ対策ではなく、匂いを浴室に閉じ込めるためだ。

結びの場面、ケントはTシャツ姿だった。つまり彼は入浴していたのではなく、主人公が入る前に「匂い」を消そうと必死に掃除していたのである。

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