お話
私の妹・ハナは、家の裏にある廃線の線路で遊ぶのが大好きだった。危ないから行っちゃダメだと叱っても、「大丈夫! ともだちと遊んでるだけだもん!」と、いつもこっそり抜け出してしまう。その「ともだち」とやらは、私や両親の前には一度も姿を見せたことがない。
その日も、夕飯の時間になってもハナが帰ってこない。私はため息をつきながら、いつもの線路まで迎えに行った。 ハナは、線路脇の草むらにしゃがみ込み、何かと楽しそうにおしゃべりをしていた。 「ハナ! 帰るよ!」 声をかけると、ハナは「あ、お姉ちゃん!」と振り向いた。 「今ね、ともだちとかくれんぼしてるの」 「もう暗いから終わり。ほら、行くよ」 私がハナの手を引いて歩き出す。その時、<すれ違うように、線路脇の暗い用水路の中から、カサリ、と音がした。
(気のせいか…) 私は足を止め、用水路の暗がりに目を凝らした。 一瞬、そこに小さな女の子がうずくまっているのが見えた気がした。 その顔は泥で汚れ、異様なほど大きな黒目で、じっとこちらを見つめていた。 「……!」 私が息を呑むと、その姿はフッと消えた。
家に帰り、ハナを叱ると、彼女は「ともだちが、お姉ちゃんのことキライだって」と呟いて、自分の部屋に閉じこもってしまった。 その夜中。 私は、隣の部屋で寝ているハナの部屋から、物音がするのに気づいた。 (また寝ぼけてるのかな…) そっとドアを開けると、ハナはベッドの上でぐっすり眠っていた。
ホッとして部屋を出ようとした時、床に落ちていたハナの人形が目に入った。 ハナが毎晩一緒に寝ている、一番お気に入りのウサギの人形だ。 私はそれを拾い上げ、ベッドに戻してあげようとした。
そして、全身に鳥肌が立った。 ウサギの人形の首が、ありえない方向にグニャリと捻じ曲げられていた。 そして、その顔。 両方の目の部分が、黒いマジックで、何度も何度も塗りつ潰されていた。 ハナは、マジックでイタズラをするような子じゃない。 じゃあ、一体、誰が…?
解説
一見、幼い妹の「空想のともだち」と、それにヤキモチを焼いた姉の、ありふれた日常の風景に見える。 しかし、違和感は「姉だけが目撃した、黒目の女の子」と「無残に破壊された人形」。 ハナの「ともだち」は空想などではなく、線路(用水路)に棲む何らかの存在だった。ハナを連れて帰ろうとした姉は、その存在に「邪魔者」として認識されてしまった。 ハナは、その「ともだち」を、自分の部屋に招き入れてしまったのだ。 人形の首を捻じ曲げ、目を塗りつぶしたのは、その「ともだち」本人。 「お姉ちゃんのことキライだって」というハナの言葉は、その存在からの警告。 そして今、その「ともだち」は、ハナが眠る部屋の暗闇のどこかに、まだ潜んでいる。
      
      
      
      
  
  
  
  

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