お話
私と親友のミカは、中学の生物委員だった。顧問の鈴木先生はいつも穏やかで、私たちが飼育している動物たちのことを一番に考えてくれる、生徒からも人気の先生だった。
特にミカは、先生の影響もあってか、極端なほどの動物好きだった。裏庭のニワトリ小屋にいるニワトリ一羽一羽に名前をつけ、まるで我が子のように可愛がっていた。先生も「ミカさんは本当に優しいね」と、いつも目を細めて彼女を見ていた。
異変が起きたのは、先週からだ。 ニワトリ小屋のニワトリが、二日と空けずに一羽、また一羽と、姿を消し始めたのだ。 「きっと、イタチかキツネが入る隙間があるんだ…」 先生は金網を補強し、罠を仕掛けたが、効果はなかった。
ミカはそのたびにひどく落ち込み、日に日に元気がなくなっていった。餌やりの時も、空になった止まり木を見ては泣き出しそうになる。 「ミカ、大丈夫…?」 「大丈夫じゃないよ…! 私が、もっとちゃんと守ってあげてれば…」 そんな彼女を、先生はいつも隣で優しく慰めていた。
その日の放課後。 当番だった私とミカがニワトリ小屋の掃除を終えると、ミカが言った。 「ごめん、私ちょっと先生に用事があるから。先に帰ってて」 私は頷き、一人で校門を出た。だが、通学カバンに筆箱を入れ忘れたことに気づき、急いで教室へ引き返した。
もう誰もいないはずの校舎は静まり返っていた。 教室で筆箱を見つけ、急いで帰ろうと昇降口に向かった時、裏庭のニワトリ小屋の方から、物音が聞こえた。 (イタチ!?) 私は息を殺し、音を立てないように、そっとニワトリ小屋の裏手に回った。
そして、私は見てしまった。 ミカが、小屋の中で、死んだニワトリを抱きしめていた。 彼女は泣いていた。 「ごめんね…ごめんね、ココちゃん…。寒かったよね、苦しかったよね…」 そう呟きながら、彼女は持っていたスコップの角で、すでに動かないニワトリの首を、何度も何度も突いていた。
私は声も出せず、その場で凍りついた。 その時、背後の物置の影から、鈴木先生が静かに出てきた。 「ああ、見てしまったか」 先生は、泣いているミカを見るのと同じ、あの優しい目で私を見た。 「シー。ミカは、ああしないと落ち着けないんだ。あの子は動物を愛しすぎているからね。可哀想な動物を、楽にしてあげてるだけなんだよ」
私は先生の言葉の意味が理解できず、ただ震えていた。 先生が「教室に戻ろうか」と私の肩に手を置く。 その瞬間、先生の手首から、ミカがいつもつけている甘ったるいバニラの香水の匂いが、強く漂ってきたことに気づいてしまった。
解説
一見、動物好きな親友が、ニワトリの死(キツネの仕業)を受け入れられず錯乱し、死骸を傷つけているのを、先生が庇っている話に見える。 しかし、違和感は「先生と親友が同じ香水の匂いをつけている」ことと、先生の「楽にしてあげてるだけ」という発言。 真相は、先生と親友ミカは共犯(あるいは不適切な関係)であり、ニワトリを殺していたのはキツネなどではなく、ミカ本人だった。彼女は「動物を愛しすぎる」あまり、その命を自分の手で奪うことに歪んだ喜びを見出していた(動物愛護の歪んだ形、あるいはサイコパス)。 ニワトリの首を突いていたのは錯乱ではなく、殺害行為の続き(儀式)だった。先生はA子の異常性を知りながら、それを「優しいことだ」と肯定し、隠蔽を手伝っていた。主人公は、二人の「秘密の共犯関係」の現場に足を踏み入れてしまった。)


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