俺(38歳・営業)は、ひどく疲れていた。連日の残業と、妻とのすれ違い。家に帰っても、会話のない食卓が待っているだけだ。その日も、深夜に帰宅した俺は、明かりもつけず、リビングの畳の上に座り込む。
ため息をつきながら携帯(スマホ)を取り出す。妻はもう寝室だろう。携帯の画面だけが、暗い部屋でぼんやりと光っている。 (ああ、今日も返信なしか…) 昼間に送った「今夜は早く帰る」というLINEは、既読スルーのままだった。 その時、ポタ、と携帯の画面に水滴が落ちた。
「雨…?」 いや、雨漏りなどするはずがない。俺は指でそれを拭った。 透明だが、妙に糸を引く。それは、唾液だった。 (俺のか?) 慌てて口元に手をやるが、乾いている。それどころか、喉はカラカラだ。 なのに、ポタ…ポタ…と、止まらない。俺の携帯画面にだけ、唾液が垂れ続けている。
俺は恐怖で立ち上がった。唾液はどこから? 暗闇に目を凝らし、ゆっくりと真上を見る。 天井からではない。 俺の口からだった。
俺は、確かに口を閉じている。喉も乾いている。 だが、俺の口は、俺の意思とは関係なく、携帯の画面(=妻との冷え切ったコミュニケーション)を見た瞬間にだけ、まるで「飢えた」ように大量の唾液を分泌し、垂らし続けていたのだ。 俺の口は、何を「食べたい」と渇望している…?
      
      
      
      
  
  
  
  

コメント