俺は新しく買ったノイズキャンセリング機能付きの高級「イヤホン」が手放せない。築古のアパートは壁が薄く、隣人の生活音が筒抜けだったからだ。電源を入れると訪れる完全な「無音」が、何よりの癒しだった。高価だったが、快適な生活のための良い投資だと思っていた。
ある「深夜」、読書に集中しようと、音楽も流さずノイズキャンセリング機能だけをオンにした。シーンとした静寂の中。その時、確かに聞こえたのだ。 「…そ…と…に…い……る…よ」 微かな「囁き声」。壁越しに聞こえる声ではない。鼓膜に直接響くような声だった。
俺は慌ててイヤホンを外した。部屋は静まり返っている。隣人も寝ているようだ。気のせいかと思い、再びイヤホンを装着した。 「ねえ、なんで、あけないの?」 今度ははっきりと、耳元で女の声がした。ノイズキャンセリングがキャンセルしていない。いや、むしろ、この世の音ではない「異音」だけを拾っている。拾ってはいけない音だけを。
恐怖でイヤホンを床に投げ捨てた。だが、声は止まらない。 「あけて。あけて。あけて」 イヤホンからではなく、俺自身の頭の中から直接響いている。まるで、日常の騒音に紛れて聞こえなかったものが、今、鮮明に聞こえるようになったかのように。 あのイヤホンは、外部の音を遮断する代わりに、俺の内に潜んでいた「何か」を呼び覚ましてしまったのだ。
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