古い雑居ビルの「エレベーター」は、いつもガタガタと嫌な音を立てた。その日、残業で一人きりになった深夜、乗り込むと「ブー」とブザーが鳴った。定員オーバー? あり得ない。俺一人だ。
気味悪く思いつつ、一度降りて、もう一度乗る。今度は大丈夫だった。上昇中、ふと防犯モニター用の小さな鏡に目をやった。俺が映っている。そして、俺の肩越しに、階数の「ボタン」を覗き込むようにして、女が立っていた。
声も出せずに固まっていると、エレベーターがガクン、と止まった。階の合間だ。停電か。鏡の中の女が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。その顔は青白く、口だけが耳まで裂けるように笑っている。そして、エレベーター内の「重量オーバー」のランプが、暗闇の中で赤く点灯した。
女が俺の耳元で囁いた。「ねえ、この階のボタン、押してないでしょ?」 見ると、俺が行きたい「5階」のボタンは点灯していなかった。だが、俺が乗る前から「4階」のボタンが光っていたことを思い出した。俺が乗る前から、こいつは、4階に招き入れようとしていたのだ。


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