お話
「ごめんね、急に。近くまで来たから」 玄関先に立っていたのは、母の妹である叔母だった。 数年ぶりの再会だが、彼女は以前と変わらず、上品なブラウスに身を包み、穏やかな微笑みを浮かべている。
「ちょうどよかった。今、冷たい飲み物を淹れたところなんです」 私は彼女を居間に通した。テーブルには、自分のために用意したばかりのアイスティーが二客分。まるで見計らったかのようなタイミングに、叔母は「気が利くわね」と目を細めた。
私たちは近況を語り合った。叔母は私の仕事や健康を気遣い、母の様子を懐かしそうに聞いた。ただ、少しだけ気にかかることがあった。彼女は時折、私の肩越しに、私の後ろにある何もない空間をじっと見つめるのだ。
「……叔母さん、私の後ろに何かありますか？」 私が尋ねると、彼女はハッとしたように視線を戻し、小さく首を振った。 「いいえ、なんでもないのよ。ただ、この部屋、とても静かでいいわね」
叔母は手元のグラスに口をつけた。氷がカランと音を立てる。 「そういえば、お母さんから聞いたわよ。あなた、先月の事故で大変だったんですってね」 「ええ、まあ。でも幸い、私はかすり傷で済んだんです。……あれ、母から聞いたんですか？」 「そうよ。電話でね」
その時、居間の古い柱時計がボーンと低い音を鳴らした。 私は叔母のグラスに目をやり、それから彼女の瞳をじっと見つめた。 心臓の鼓動が急激に速くなる。背中の後ろから、氷のような冷気が這い上がってくるのを感じた。
「叔母さん……その話、おかしいですよ」 震える声でそう告げると、叔母はただ、無機質な笑みを深めるだけだった。
解説
叔母は「先月の事故の話を母から聞いた」と言っているが、主人公は「母の妹」である叔母に対し、再会した直後に「母の様子を懐かしそうに聞いた（＝母の近況を伝えた）」という描写がある。もし叔母が本当に母と連絡を取っているなら、母の様子をわざわざ姪である主人公に聞く必要はない。つまり、この叔母は母と連絡が取れる生身の人間ではなく、後ろにいる「何か」に引き寄せられてやってきた異界の存在であることを示唆している。
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