都内の格安マンションに引っ越して一週間。唯一の悩みは、浴室の天井から響く奇妙な物音だった。深夜、私がシャワーを浴びていると、真上の階から「ズズッ……ズズッ……」と、重い何かを引きずるような音が聞こえてくるのだ。上の住人は夜型なのだろうか。
ある夜、シャワーを浴びていると、ついに異変が起きた。天井の点検口の隙間から、赤黒い液体がポタリと落ちてきたのだ。私は悲鳴を上げそうになったが、よく見るとそれはただの赤錆びた水のようだった。「なんだ、配管が古いだけか」と自分に言い聞かせ、その日は早々に浴室を出た。
翌朝、管理人に「上の階の人の生活音がうるさく、水漏れもしている」と苦情を伝えた。すると管理人は不思議そうな顔をしてこう言った。「何言ってるんですか。上の階は、あなたが越してくる半年前からずっと空き家ですよ。今リフォームの準備中なんです」
全身が凍りついた。では、あの引きずるような音は何だったのか。私は急いで自室に戻り、浴室の天井を見上げた。ふと気づく。もし空き家なら、配管に水が流れるはずがない。 私は震える手で天井の点検口を少しだけ押し上げてみた。隙間から見えたのは、古びた配管ではない。 点検口のすぐ裏側に、こちらをじっと見下ろす、充血した巨大な「目」と目が合った。 上の住人は、空き部屋ではなく、私の部屋の天井裏にいたのだ。

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