残業を終え、街灯のまばらな帰り道を一人で歩いていました。この道沿いには古いアパートがあり、その駐輪場を照らす一本の蛍光灯が、いつもジジジ……と不快な音を立てて明滅しています。私はその不安定な光の下を通り過ぎるたびに、言いようのない不安に駆られて足早になるのでした。
その夜も、例の蛍光灯が見えてきました。しかし、いつもと様子が違います。激しく点滅を繰り返すその光の中に、誰かが立っているのです。影は一瞬見えては消え、近づくにつれて、それが「こちらをじっと見つめる男」であることが分かりました。私は関わりたくなくて、視線を足元に落としたまま、全速力でその横を通り抜けました。
ようやくアパートを通り過ぎ、自分のマンションの入り口まで辿り着きました。オートロックを開け、エレベーターに乗り込んでようやく一息つきます。「あんな暗い夜道、もう二度と通りたくない」と安堵したその時、私はある重大な矛盾に気づきました。さっきの駐輪場の蛍光灯は、ずっと激しく点滅していたはずです。
しかし、私の脳裏に焼き付いている「あの男の顔」は、剥き出しの眼球も、冷ややかな口元も、驚くほど鮮明に細部まで思い出せるのです。激しく点滅する光の下で、一瞬しか見えないはずの顔が、なぜこれほどはっきり見えるのか。……答えは一つ。あの男は、光が消えている「暗闇の間」だけそこにいたのではなく、私の網膜に直接焼き付くほど、至近距離で「自ら発光」していたのです。気づいた瞬間、エレベーターの蛍光灯がジジジ……と音を立て始めました。


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