その古いアパートは、夜になると水を打ったような「静寂」に包まれた。時計の秒針さえ止まったかのような錯覚。ミナは、六歳になったばかりの「こども」だが、この静けさが苦手だった。今夜もなかなか寝付けず、ベッドで毛布を頭まで被っていた。その時だ。廊下から微かな音が聞こえた。ピチャ、ピチャ……。裸足で濡れた床を歩くような、不快な「足音」。
足音は一定のリズムで近づき、ミナの部屋の前でぴたりと止まった。静寂が戻る。だが、それは恐怖を凝縮させた濃密な静寂だった。息を殺していると、ドアノブがゆっくりと回る音がした。
ギィ、と扉が開く。暗闇に浮かび上がったのは、人影。いや、人の形をした「何か」だった。ところどころ皮膚がめくれ、まるで熟しすぎた果実の皮を「剥ぐ」途中のように、だらりと垂れ下がっている。 「みーつけた」 それは、ミナが昼間、押し入れの奥で見つけた古い日記帳に書いてあった言葉と同じだった。 「かくれんぼ、終わり。今度はキミが鬼」
「それ」は濡れた足音を立ててベッドに近づき、ミナの頬に冷たい手を伸ばした。あの日記帳は、前の住人のこどものものだと思っていた。だが、最後のページにはこう書かれていた。『あたらしいかわ、みつけた。やっとおにを、おわれる』 「それ」の指先が、ミナの柔らかい皮膚に食い込む。「きれいだね」と呟き、ゆっくりと爪を立てた。ピチャ、と垂れ下がった「それ」の皮膚の一部が、床に落ちた。
      
      
      
      
  
  
  
  

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